アゴラという web 媒体にひどい暴論が掲載されており少し話題になっています。
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無給医解消は他の医師の収入を減らして解決すべき
この一文は、八幡 和郎 氏のもので、
今話題の無給医に触れているものですが、あまりにもひどいので少し見てみたいと思います。
そもそも
無給医とは、大学等に所属する(ここがなかなか契約関係などで難しいところもあるのですが、所属ととらえています)医師で、診療に従事しているにも関わらず、その対価としての給与が支払われていない、そういう医師のことを言います。
大学院生や研究生として大学に所属している若手に多く、
完全に違法な状態です。
まずそこを押さえなくてはいけません。
「違法な状態」におかれた「労働者」であることがまずは問題なんですね。
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外科医・中山祐次郎、産婦人科医・たぬきち 「無給医問題」について熱く対談
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無給医問題「給与払うべき」医学界重鎮「若い医師いなくなる」
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無給医問題 7病院が1300人の回答保留 若手医師ら不安訴える声
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なぜタダで働くのか?「無給医」たちの現実 ~医師の視点~
書き出しから間違えている
さて、この一文では書き出しがこうなっています。
無給医という制度は若い医者に気の毒だから止めろという声が強くなっている。たしかに、法的に不明朗な制度だから改革が必要であることは間違いない。
間違いです。「気の毒だから」「止めろ」でもなければ、「法的に不明朗な制度だから」でもなく、最初に端的に述べたように、
「違法状態」でありあってはならない、のです。もうこの時点で、全く問題を理解していないことを露呈しています。
そして、次にはこう述べます。
しかし、この議論は、どうも医療業界が世論を騙して同情を引き出し、自分たちの利益をあくどく図っているとしか私には見えない。
あなたが色眼鏡をつうじてそう見てるだけですよね、と突っ込みたくなりますが、繰り返します。「医療業界が世論を騙」すわけではなく、
まずは違法な労働慣行なのです。いいですか、労働者が給与を受け取れないことに「同情を引き出」す云々ではなく、
違法なんですよ。お判りいただけます?無理かな。
というわけで、非常に偏見とうがった見方でここから書き出しますという宣言のようにしてこの一文は始まっています。
医学部の偏差値が下がらないと日本の将来は絶望的?
問題を捉えることに失敗している書き出しなのですが、ここから続く文も順にみていきたいと思います。
医学部の偏差値が他学部並みにならないと日本の経済も社会も絶望的な将来しかないと思っている。
と宣言をし、この後なぜそう思うのかが書かれていくわけです。
日本の平均寿命はいまも世界トップクラスであって、これ以上余計に資源を投入して力を入れるべき分野とは思えない。
前段の平均寿命はトップクラスは、正しいですね。昨日のニュースでタイミングよく新しい統計が発表されたことが伝えられています。
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平均寿命、最高を更新 女性87.32歳 男性81.25歳 日本経済新聞
OECD の
Helth at a glance 2017 の
Life expectancy の項目でも日本は一番です。
平均寿命も健康寿命も非常に長いことはもう明らかで、ここはその通りですよね。では後段、「余計に資源を投入して力を入れるべき分野」なのかというところです。
詳細は今回は省きますが、まず、医療費の増加や現状(維持するとして)の評価基準としては平均寿命だけが適切であるか、という論点はあるでしょう。が、しかしまぁそこは置いておき、
実際医療のアウトカムは世界トップレベルで飽和しており、資源投入を増やす必要はない、という意見であれば、それは一つの意見であり検討に値するでしょう。価値判断ですから。
確かに、資源投入量は非常に高くなっているでしょう。
では、これ以上「余計に」とはどういうことなのでしょうか。アウトカムが伸びないのだから、
「新たに」資源を投入すべきではないということなのでしょうかね…一度おきます。
さて、国際比較ではどうでしょうか。
またOECD の
Helth at a glance 2017 を見てみましょう。一人当たりの医療費、
Health expenditure per capita では一番はアメリカですね。
日本は…19番目に出てきます。OECD平均よりはやや高い。
Health expenditure in relation to GDP というところに書かれている GDPとの関係ではどうでしょう。
日本は… 6番目。やはりアメリカが高いですね。日本はフランスなどよりは低いですね。
決して世界一ではないんですね。医療費。
世界一のアウトカム(平均寿命でそうみなすなら)ですが、費用が一番かかっているわけではなさそうです。
少なくとも効率においてはびりっけつだとかそういう事はなさそうですね。
GDP当たりでも突出して一番ではないのですね。
一方、日本は高齢社会でこれは先進国でも一番の方ですよね…。そして先進国では高齢化は一般的に他の国でも進んではいます。
そう考えるとこの次の文、
経済の力は低下して、長寿化ばかりが進み、高齢者福祉の負担に若年層は押しつぶされ、老後の生活の質は急速に悪化して行かざるを得ない。
は日本だけではなく、
他の国にも言えることであるというのはわかりますよね。
GDPが増えず寿命だけ伸びれば、日本人の老後の生活の質がほかの国より低水準であることも、年金システムや医療・介護システムも財政も成り立たなくなっていくのは当然なのだ。
ここはよくわかりませんね。「老後の生活の質」の定義や比較が明確にされていないので、
「ほかの国より」「低水準」であることの真偽がわかりません。システムと財政が成り立たなくなる理屈も、国際比較でみたように GDP当たりでも世界一医療費が高いわけではないことを考えると、
他国の方が心配になりますね。
なんだかよくわかりません。
他分野との比較をしはじめるが
ここまでもよくわかりませんが、
日本の医療は行き過ぎでありこのままでは国を亡ぼすという思い込みがあるようですね。まぁ思い込みだとは思うのですがのっかってみましょう。
次にこういいだします。
ところが、いま日本は世界でもっともIT技術者の需給バランスが悪い国だとされている。
これも定義やデータをしらないので「もっとも」「需給バランスが悪い」のが本当なのかどうか私にはわかりません。しかし、ここで、医療とどうもIT技術を比べたりトレード関係にあると持ち込もうとしていることはわかりますね。まぁ実際にはなんでITを引っ張りだしてきたんだかよくわからないんですが。
実際、そのようで、
優秀な理科系人材は医学部にますます集中する傾向にある。こうしたなかで、医師の経済待遇をさらによくするのは愚の骨頂である。待遇を悪くして、有能な人材をニーズの高い分野に誘導すべきなのである。
と続きます。
持論展開というところだと思いますが、優秀な人材が医学部に集中してしまい、ITなど他の分野に回すべき人材が相対的に減ってしまっている、または
優秀な人材を取られてしまっているという見解のようですね。そして、待遇によってニーズの高い分野に人材を誘導してしまうことがのぞましいという表明ですね。
さて、医学部や薬学部の希望者が上昇傾向である(あった)ことは確かであり、国家資格を得られ安定している(とおもわれる)職業につけるという意味で人気が高いことはまぁ事実なんでしょう。
さて、それは給与だけの待遇によるものでしょうか、また待遇を悪くすると有能な人材が他の分野にうまく回るのでしょうか。
私はそうは思いません。もちろん待遇は大事であり志望者数などに反映されるでしょうし競争率などは変えられるかもしれません。
しかし、
国家資格をえて安定した就業ができるというところを崩さなければ、基本的に志望者は大きくは変わらないのではないかと考えています。
そもそも、医学部は全国に約80校、各大学 100名程度ですから、年間 8,000 人程度医師を養成しています。冷静に考えて、たとえ待遇を引き下げても、定員割れすることがなければ、医師数は変わらず、IT技術者が増えるわけでもないでしょう。
優秀な人の流れのことのみを言っている?とすると優秀な人は医師を目指さなければITに行くのか?そんなことはなくて、個人的にはコンサルトファームや法学系などに行くように思いますけどね、「稼ぎだけ」で進路が変わる層の人はもっと儲けの大きい方へ行くでしょう。
実際、そんなことをしたとして、医師の質はどうなるでしょう。下がる可能性がありますね。ITも別に上昇しないとすれば、
より儲かるところに人が流れるようになって終わり、ではないでしょうか。つまりあまりに短絡的で、医師の待遇をさげて誘導するというのはおかしいと思うのです。
IT技術者の給与を10倍、「安定度」を10倍にすれば多少変わるかもしれませんね。
そもそも、どこかの待遇を引き下げて相対的に他をあげるという発想自体が、縮小に過剰適応しているのか、縮小を望んでいるのかは知りませんが理解不能です。
IT側の待遇をめちゃくちゃあげればいい話でしょう。なぜ他の分野に人を回すために、ある分野の待遇を「下げる」などと言い出すのか。パイは大きくならない、分配の問題だ、と言い出しそうですね。やれやれです。こういう発想の人は需要や供給のバランスや正当な対価というものをどう考えているのか…困ってしまいます。
著者の価値観を前面に押し出す
無給医の話から始まっているのでした。違法状態があり、給与が払われていない医師がおり、問題であるのでした。くどい?でもそこは大事ですよね。
この次の文は突如、主語が拡大します。
他の仕事より恵まれて美味しい職業である医師という職業をますます不均衡に優遇するのはまったく愚劣である。
主語は医師全体という感じではあるのですが、なにか想定されていると思われる「美味しい職業」である医師となってしまいました。無給医はもう無視、というか忘れているようですね。
IT技術者に比べてなのか、なんなのかしりませんが、
「美味しい」らしいです。
医師を一緒くたにしてとらえているのは明らかですし、「美味しい」というのもよくわかりません。収入のことでしょうか。国家資格で守られていることでしょうか。羨ましがられることでしょうか。
医師の職務は他者への責任が大きな行為が多く、専門性も高く、独り立ちするまでには教育にも時間がかかる生き方の上に成り立っています。専門家であり高度な技術をゆうするものなのですから、雇用者はそれ相応の対価を支払い雇うのは当然でしょう。
医師の給与が高すぎる、となぜ想定されているのか全く分かりませんが、楽な仕事とでも思っているんでしょうか。
国際比較を参考に出してみましょう。またまた OECD の
Helth at a glance 2017 より
Doctors (overall number) です。日本ではOECD平均より医師は少ないですね。
給与はとびぬけていいんでしょうか。ちょっと見てみます。
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第12回 【2017年版】医師の1時間あたりの給与はいくら?
たしかに、パイロットの次にいいですね。1240万円となっています。
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2019年版 業種別 モデル年収平均ランキング
ただし、外資系金融の業界年収には負けていますね。
まぁ、勤務時間や収入の細かな比較(開業医がうんぬんとか言い出すと話がややこしくなりますし、筆者は「医師」とひとくくりにしていますしね)は抜きにしますが、
世界一の寿命というアウトカムを世界一ではない医療支出で、平均以下の医師数で回しているんです。それは、受益者にとっては「美味しい」でしょうが、働く人、つまり医師を含む医療従事者にはなりますが、にとって、これは「美味しい」んでしょうか。
もちろんシステムや能力の差はあるでしょう。しかしそれと同時に「犠牲」が入っていることは想定できませんか?できないかな。わからずに言っているのであれば、愚劣なんじゃないかな。
そもそも、「医師が恵まれている職業である」というこの著者のイメージ(実際にはなんの論証もしていないので思い込みの可能性が高いと思うのでありますが)を拡大して主語としていることも、まぁめちゃくちゃなんですけどね。
最後に暴論が加速
ここでめちゃくちゃなことを言い出します。
無給医の制度が不合理なら、有給の医師や開業医などほかの医師の収入を減らして、無給医にまわせばいいだけだ。
はい?なんども言いますが、
無給医は違法な状態であり、給与をまず出すということが必要、それだけの話なのです。
なぜ、違法状態を是正するために、関係ない他者の給与を減らすことができるのか全く理解不能です。同じ「医師」だから?論理もくそもへったくれもないですね。
主語をかえてみれば明白です。
例えば優秀な研究者への研究費が少ないことが問題なことは言われていますが、「優秀でない研究者」の給与を減らして、優秀な研究者に回せばいいだけなのでしょうか。評価も難しいので、東大の研究者の悲惨な状況を改善するために地方大学には潰れてもらうのがよいのでしょうかね。あぁ、大学院生に給与もだしていない国ですから、教授の給与を削って大学院生にだせばいいのか…。
あ、そもそも「日本国民」として同じなんだから、価値のない駄文でおいしい印税を得ている評論家がその人たちの給与を払うべきと言いたいのかもしれませんね!
医療費総額をかえずになかで分配せよといっているんだぁ!というのなら、薬の処方量を減らしたり、診断を最小限にするようにして給与に回せ、というのも同じロジックで通用するでしょう。もちろん、はっきり言うと
ここのつながりは「感情論」なので、「美味しい」認定したところからお金を奪いたいのでしょうけれどもね…。
この後、
アルバイトのことに触れていますが、これは実態をしらずに述べているうえに、副業も認める動きとしても不適切なことを書いています。
そしてダメ押しでまた開業医などの給与を減らせばいいなどと言い出すのです。
なぜこんなにめちゃくちゃなことを書くのか、最後に告白しています。
そうでなくとも恵まれている医師を社会的に不均衡にさらに恵まれたものにするのでなく、また、健康保険会計や患者に負担をかけるのでなく、医師の世界の収入分配の操作で問題を解決して欲しいと言うことだ。
「恵まれている医師」はい、
思い込みですね、ましてや主語が大きい。無給医は恵まれているどころか、違法状態に置かれた弱者である労働者ですね。
思い込みが激しい。
「社会的に不均衡に」はい、
思い込みですね、日本の医療従事者の努力や環境の実態を知った方がよいですね。
「健康保険会計や患者に負担をかけるのではなく」はい、では医療従事者だけに負担をかけるのをそれで正当化するということですかね。そもそも公定価格の設定がおかしくて医療従事者に給与をまともに出せない不当労働慣行がはびこっているのではないでしょうかね。その辺の考察はできないんでしょうか。無理でしょうね。
「医師の世界の収入分配の操作で」…医師は連帯責任のようですね。日本人らしく「日本人」も連帯責任にしてしまってはどうでしょう。みんなの給与を下げて無給医や無給労働者に給与をだしては?
まぁ読む必要がなかっただけかもしれませんが
ツッコミどころ満載ですが、最後まで突っ込めます。
ひとことでいえば、医師の生涯給与はいまでも他の職種より高すぎるのだから、それを増やさない範囲で無給医問題は解決すべきということだ。
ひとことでいえば、暴論ですよね。
生涯給与が高すぎる、というこの認識。発想は極めて日本人的で
足を引っ張りたい、相手を引き下ろしたい、というものであるのでしょうが、「高すぎる」根拠も示さず暴論を吐くというのは、評論家っていいなぁと思います。根拠なく好きなことを言えるなんて。そして、結論は全く意味が不明。
この
医師コンプレックスは一体何なんなのかわかりませんが、現状も把握していない、論拠も出さない、一方的な物言いを宣言する、本当によろしくない一文だと思います。
日本に限らず医療の進歩と高度化によって、健康指標はどんどんよくなっています。寿命が延びているのもそうですし、実際疾病から回復する人も増えています。新生児死亡率、妊産婦死亡率なども世界的にも少しずつ良くなっています。
新しい技術がはいれば費用は増加します。また、寿命が延びれば医療費が多くかかるようになるということもあるでしょう。
先に一度置いておいた、これ以上「余計に」とはどういうことなのでしょうか。アウトカムが伸びないのだから。余計というのは意味がないという意味でしょうけれど、これは医療を進歩させるのはやめよう宣言なのでしょうか。飽和していて行き過ぎだと言いたいのでしょうか。
需要はあるのです。需要があって、技術的にどんどん向上しているからさらに需要が生まれている。こういう時はどうするか考えてはどうでしょうか。基本的には産業化すればいいのではないでしょうか。とはいってもやりすぎるとアメリカになってしまう。現実的には公的セクターのお金で赤字を出している。
だれば、需要のコントロールも必要。ならば自己負担率などをあげるという話などにもつながるのかもしれません…そういう展開ならわかるのです。
現実問題として、医療費は伸びていますが、これは決して
医療従事者の給与が伸びているのが主たる要因ではありません。高度化しどんどん開発されている新たな技術に対して多くの支出の伸びがあり、需要が増大しているにも関わらず価格による調整が効かないから、需要も調整されず増えているためという面もあるのではないかと思います(この辺は勘違いが多く、終末期の医療費が著しい負担だとか伸びているだとかというのも間違いですからね)。
とまぁ脱線しました。つまりかんたんにいうと、医療はよくなっていると思っていますし、多くの犠牲の上に日本では成り立っているのはあきらかでしょうし(もうすぐ崩壊しかねませんが)、現場にいたこともある身としては、また冷静にものごとを考えていきたいと考えている立場からは、医療従事者、とくに医師が、敵視されるほど「美味しい」と思ったことはないんですよ…と言いたいんですけどね。
いい加減なのはやめてほしいですね
門外漢が頓珍漢なことを言うのはよくあることなので構わないのですが、素人作文の思い込みというようなこれを堂々と発表して掲載してしまうというのはやはりちょっと下品であると思います。
論評するには論拠を持ち、事実と意見は分け、持論を展開するにしても現在なされている議論の状況を把握して評価し、批判的検討を加えつつ慎重に、自己点検しながら発信をするべきであると思います。
言論とは言いっぱなしのつぶやきのことなのでしょうか。評論家というのは自分の思い込みを吐露するだけの無責任な生き方なのでしょうか。それが不安になります。
無給医問題は非常に深刻な問題であり、今回は書きませんが、日本の医療のゆがみを反映しているものです。解決しなくてはならない重要なことに対して、いい加減なことを言わないでいただきたい。そう思います。
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