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2019年12月10日火曜日

名古屋スタディ関連の八重論文に対する名市大鈴木教授のレター第二弾の和訳

 いわゆる子宮頸癌ワクチン、ヒトパピローマウイルスワクチン(HPVV)の様々な副反応疑いに関連し、名古屋で実施された大規模な疫学調査である「名古屋スタディ」について、その解析結果として様々な副反応疑い症状とHPVV接種の間には関係がみられないことが明らかにされています。

 この論文は名古屋市立大学公衆衛生学教室の鈴木貞夫教授により執筆されて公刊されています(オープンアクセス)。

Fig.1 名古屋スタディの論文 オープンアクセス
 
 この論文では題名の通り、「日本人の若年女性における HPV ワクチン接種と接種後の症状とのあいだには関連性はなかった:名古屋スタディの結果」ということが示されています。

 さて、これに対して同じデータセットを用いたとして、HPVVで副反応のリスクが増えると主張する論文が聖路加国際大学の八重ゆかり氏によって JJNS日本看護科学会の雑誌)に投稿・公刊されました

 しかし、この八重論文については、不適切なデータの取り扱いをはじめいくつかの問題があるということが刊行直後から SNS 上でもとても話題になりました。
 (感染症のプロの岩田健太郎先生も批判文を書かれています
   ▶ 結論ありきのひん曲げ論文にご用心 ) 

 実はデータの取り扱い以外にも、著者が薬害オンブズパースン会議のメンバーであったなどの COI の問題などもあり、看護科学会はこれをうけて「日本看護科学学会における学術活動の利益相反マネジメント指針」を変えたりもしています
 
 さて、学術論文に異議があったり問題を指摘したり、議論をしたいときには、その雑誌の編集者(Editor)あてにレター(Letter)つまりお手紙を書き、それも刊行して公に議論をやりとりのなかでするというのが慣習になっています

 この八重論文について、複数の専門家がレターを書いていましたがリジェクト、つまり掲載拒否が続いていました。しかしながら、投稿から半年ほどして元の名古屋スタディ論文をかかれた名市大の鈴木先生が書いたレターは掲載されたのです。これに関して著者である八重氏たちからまた反論があったのですが、さらに、鈴木先生が第二弾のレターを寄せています。

 このレター第二弾は八重論文の問題点を非常にわかりやすく指摘しているもので、これの和訳を鈴木先生よりいただきましたのでここにPDFを置かせていただきます。


 当初これら原文はオープンアクセスではなかったようですが、今みたらオープンになっていますね。

 さて、今回の鈴木先生のレター、八重論文はいくつかの方法論に問題、端的に言うと間違いがあり、はっきりいうと妥当ではないことがしっかりと指摘されています。同雑誌に同時に、編集者八重氏の反論も掲載されているのですが、方法論の瑕疵については何ら触れていないどころか、開き直りの様相を呈しています(それどころか八重氏と編集者は事前にやり取りしていることがわかります)。

 この八重論文は、現在行われている「HPVV薬害訴訟」でも弁護団が証拠・論拠として推していますが、この論文は瑕疵も明らかで、問題が大きすぎ、一度撤回(リトラクトといいます)して、検討し直すのが妥当であると思います

 「薬害オンブズパースン会議」(NHKに圧力をかけたりもしている反HPVV活動をしている団体ですね)のホームページにもこの八重論文の日本語訳へのリンクが掲載されていたなど立場性も明らかな論文であり、科学的な問題以外にも問題がありますね(学会からの要望で現在はダイレクトリンク以外では掲載されていない様子…つまり削除はしていない)。

 今回の鈴木先生のレターとそれに対する回答までも含めて一連の流れと論文の内容をみていると、JJNS の問題も見えてきます。そもそも学問的に真っ当ななレビューをしているのか公開して真っ当に討論に臨む態度は妥当か不適と考えられた場合にどのように論文を取り扱うのが慣行であるか理解しているのか、つまり科学ジャーナルとして最低限の基準を満たせているのかということですね。

 いずれにせよ、学術論文を、なんらかの先にある結論を言いたいがために書いたり、政治的につかいたかったりして書いてしまう人はいます。そういう態度はもちろん倫理にもとりますが、公刊された場合にはそれもしっかり学術的に討論して決着をつけていかねばなりませんね。今後の動向にも注目が必要な事項と思います。

 繰り返しますが、学術的になにが正しいか、をまずはしっかりと示し、そして、科学的に正しい根拠に基づいて主張は行わないといけないですね。そうでないとそれは妄想ベースのイデオロギー闘争にしかなりませんね。

 この一連の問題について、名古屋スタディの解説も含めて、鈴木先生の論考が「論座」に掲載予定との情報を入手しました。広く皆さんに読んで考え、討論していただきたいと思います。






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2019年3月14日木曜日

ハゲタカジャーナル(悪徳雑誌)の見分け方、査読依頼、インパクトファクター…

 ハゲタカジャーナル(悪徳雑誌)について何度か書いてきましたが、今回はそういったジャーナルの見分け方などについて書きたいと思います。




 ハゲタカジャーナルは、日本医学会は悪徳雑誌、Wikipedia では捕食出版としていますね。この記事ではあまり考えずに言葉を使います。

 前までの関連記事。
 ▶ 粗悪・悪意のある学術雑誌の弊害 - Beall's List のこと
 ▶ ハゲタカジャーナル に掲載して博士号取得した例がかなりありそうとの調査
 ▶ ハゲタカジャーナルへ(悪徳雑誌)の投稿を控えるよう日本医学会が注意喚起

 この問題については、北海道大学北キャンパス図書室「国際オープンアクセスウィーク2018」企画の「オープンアクセスとハゲタカジャーナル」の資料もわかりやすいですね。

 なぜ横行するのかは、講談社のサイトに記事があります。
 ▶ ハゲタカジャーナル、ダメ絶対! でも、その横行にはそれなりの理由が……
 ハフィントンポストにもありましたね。
 ▶ 劣悪な学術誌「ハゲタカジャーナル」とは? 掲載料が目当て、 根拠乏しい「疑似科学」を拡散
 日経新聞にも
 ▶ 学術の健全性損なう「ハゲタカジャーナル」 


ハゲタカジャーナル(悪徳雑誌)の見分け方


 投稿前に考えることをまとめてくれているサイトがあります。
 Think. Check. Submit. (日本語版) です。これは日本医学会の注意喚起でも引用されていました。再度簡単にまとめて示します。これをまずはチェックしましょう。

 (1) あなたや同僚はそのジャーナルについて、
   掲載論文を以前に読んだことがあり
   最新論文を容易に見つけることができますか
 (2) 出版社名が明記され、メール、電話、郵便で連絡が取れますか。
 (3) そのジャーナルはどのような査読を行うか明白ですか。
 (4) そのジャーナルで掲載されるための料金の内容と
   どの段階で請求されるかについて説明 されていますか。
 (5) そのジャーナルには編集委員会は設置されていますか。
   あなたは編集委員について知っ ており、
   編集委員は自身のサイトでそのジャーナルに触れていますか
 (6) その出版社は学術出版業界で認められた団体に加盟していますか。
   ・Committee for Publication Ethics (COPE)
   ・Open Access Scholarly Publishers Association (OASPA) 
 (7) そのジャーナルは以下のデータベースに収録されていますか。
   ・MEDLINE
   ・WHO Global Index Medicus (GIM) 
   ・Web of Science
   ・Scopus 
 (8) そのジャーナルは以下のリストに登録されていますか。
   ・Directory of Open Access Journals (DOAJ)
 

ホワイトリスト=信用できるリストを用いてのチェック


 とくにDOAJのリストはチェックしておきたいところ。いわゆるホワイトリストであり、ここに登録されていればとりあえずは安心です。
 もちろん、MEDLINE などに登録されているか、検索もするべきです。

ブラックリスト=ハゲタカジャーナル…


 悪徳雑誌である、またはかなり疑わしい、ジャーナルをまとめたリストも公開されていますので、投稿前や査読前、論文を読む前にここでチェックするのも大事です。ホワイトリストと合わせて使用することで、かなり網羅できるはずです。有名なのは以下。

  ▶ Beall's List of Predatory Journals and Publishers - Publishers
  ▶ Stop Predatory Journals
  ▶ CABELLS

 ブログではこんな記事もありました。
  ▶ ハゲタカ出版社チェックはしておきましょう


ハゲタカジャーナルにはインパクトファクター(Impact Factor; IF) はついていないことももちろんありますね


 IFは Clarivate Analytics 社が Web of Science内の被引用数に基づいて計算しており、IFを持つジャーナルは Web of Scienceに採録されている約12,000タイトルに限られています。なので、IFがついていることも重要です。Journal Citation Reports(JCR)にそれらは掲載されます。
 ただし、まともなジャーナルでも新しい雑誌では尽きませんので注意は必要です。
 
 また、IFだけでなく Elsevier の行っている CiteScore というものもあり、こちらは  Scopus での被引用数から算出されています。
 なので、Scopus もチェックするといいですね。

 さらなる注意としては、独自の計算を IF として掲載していることがありますので、かならず、JCR または CiteScore でチェックしましょう。

こういったジャーナルに載ってしまうと不名誉です。また査読依頼は断りましょう


 騙されたり、業績水増し目的だったりするかもしれませんが、こういった悪徳雑誌に載ってしまうと不名誉です。こんないいブログもありました。
 ▶ ハゲタカジャーナル(粗悪学術誌)論文掲載 不名誉な大学ランキング【悲報】東大、阪大などの研究者も投稿していたことが発覚  (≧▽≦ )

 とにかくこういった雑誌に掲載されることは不名誉ですし、業績としてはてなマークになります。また査読を引き受けることも加担したことになりますから、拒否しましょう。
 
 科学の健全な維持・発展のために、こういった雑誌にはかかわらないようにしないといけませんね。


関連記事など


 ▶ ハゲタカジャーナルに関わらないために Medical EnglishService
 ▶ <記事紹介> なぜ研究者は「ハゲタカジャーナル」で論文を出版してしまうのか
 ▶ ハゲタカジャーナル 対策がヤバ過ぎる…
 ▶ ”粗悪学術誌””ハゲタカジャーナル”の何が悪いの?
 ▶ ハゲタカジャーナルに奪われた私の1500ドル
 ▶ 【重要】ハゲタカジャーナルにご注意ください








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2019年2月20日水曜日

【論文紹介】SOX-11陰性 マントル細胞リンパ腫75例の臨床病理学的検討 / AJSP

 マントル細胞リンパ腫に関する新しい論文が AJSP に出ていたので紹介いたします。

 マントル細胞リンパ腫 (MCL)は、B細胞性リンパ腫で、indolent と aggressive の中間程度の悪性を示すことが知られており、形態学的には小~中程度の大きさの均質な細胞の単調または軽度に結節を形成するような増殖をしめし、免疫組織化学的には CD5(+)、CyclinD1(+)が典型的であるが、近年みつかった SOX-11(+)のことが多いのも特徴です。
 臨床的には比較的白血化を引き起こしやすいことも知られています。

 最近までの研究においては MCL のうち、SOX-11 を発現していることが予後度影響するかどうか、はっきりせず論点となっていました。
 今回のこの論文では75冷のSOX-11陰性 MCL との比較によりその臨床病理学的特徴を解析しています。

 それでは論文詳細です。 



● SOX11-negative Mantle Cell Lymphoma Clinicopathologic and Prognostic Features of 75 Patients
 The American Journal of Surgical Pathology: February 12, 2019
 Publish Ahead of Print
 Xu J, Wang L, Li J, Saksena A, Wang SA, Shen J, Hu Z, Lin P, Tang G, Yin CC, Wang M, Medeiros LJ, Li S.

【概要】
 SOX-11陰性MCL75例を検討した。
 SOX-11陽性MCLと比較し、
  より白血化が多かった(21% vs. 4%, P=0.0001)
  より典型的な形態を呈した(83% vs. 65%, P=0.005)
  よりCD23陽性の割合が高かった(39% vs. 22%, P=0.02)
  よりCD200陽性の割合が高かった(60% vs. 9%, P=0.0001)
  よりKi67陽性率が低かった(23% vs. 33%, P=0.04)
  Overall Survival に有意な差はなかった(P=0.63)
  一方、高いKi67陽性率と blastoid/pleomorphic
   morphology は SOX-11陰性陽性にかかわらず
  より短い Overall Survival と関連していた。
  MCL の予後予測スコア(MIPI)でが高い場合、
   SOX-11陰性の場合には有意に予後が悪く(P<0.05)、
   陽性の場合には有意ではなかった(P=0.09)。
  リンパ節病変ありまたは stage III/IV の場合には、
   SOX-11陰性の場合には予後は有意に悪くはないが、
   SOX-11陽性の場合には予後不良であった。
  まとめると、SOX-11陰性MCL はより白血化の頻度が高く
   典型的な形態CD23・CD200の発現率が高く
   Ki67陽性率が低い
   SOX-11陰性MCL の予後因子は、形態、Ki67陽性率、
   MIPIである
【症例の選択】
  テキサス大学アンダーソンがんセンターの
  2004/1/1-2016/12/31 の MCL症例。
  2016年 WHO classification に基づく分類。
  IHCでCyclinD1(+)またはt(11;14)(q13;q32)
   またはCCND1-IGH で診断を確定。
【結果の概要】
  SOX-11陰性 MCL 75例、SOX-11陽性 MCL 146例。

    
【病理学的解析】
 形態と免疫染色については Table 2 としてまとまっています。

【臨床的アウトカム】
  略:(概要に示したものが代表)
【結論】
 SOX-11陰性 MCL 75例、SOX-11陽性 MCL 146例の検討で、
 SOX-11陰性 MCL はより白血化の頻度が高く、
 典型的形態で、CD23・CD200発現率が高くKi67陽性率が低い。
 SOX-11陰性 MCL の予後因子は、形態、Ki67陽性率、
 MIPIであることがわかった。
  


 MCL は indolent lymphoma と aggressive lymphoma の中間的な場合もおおい B細胞性リンパ腫であり、診断は比較的容易であることもあるものの、時に困難で SOX-11 は有用なマーカーとして報告されました。

 リンパ腫の診断チャートは参考に ▶ 峰式 リンパ腫の病理診断フローチャート

 しかし、SOX-11 陰性 MCL もあるということがまず話題となり、SOX-11 の発現の有無でのふるまいについては議論が分かれているところでした。
 今回紹介した論文では、SOX-11 陰性 MCL では白血化の頻度が高いことや、MIPI を用いて不良予後の予測ができそうであることなどが分かりました。
 
 MCL についてはさらに詳細な生物学的な検討がなされそうに思います。

● 関連記事
 ▶ 【血液病理】DLBCL の Hans の基準
 ▶ 峰式 リンパ腫の病理診断フローチャート
 ▶ 【書籍紹介】レベルアップのためのリンパ腫セミナー
 ▶ 【書籍紹介】若手医師のためのリンパ腫セミナー
 ▶ 【書籍紹介】見逃してはならない血液疾患 病理からみた44症例




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2018年12月22日土曜日

【情報】アルツハイマー病・慢性外傷性脳症(CTE)にみられる異常タウタンパクを検出する新しい技術が開発されたという報告

 「コンカッション」(Concussion)という2015年の映画があります



   コンカッション (字幕版) ウィル・スミス 


 ウィル・スミス主演のこの映画は実話に基づいていて、アメリカンフットボールの選手が、長年にわたって脳震盪(コンカッション)を受けることで慢性外傷性脳症(CTE)という病気を発症する、ということをみつけた Dr.Bennet Omalu が主人公の話です。

 2010年の論文はこれですね。
 ▶ J Forensic Nurs. 2010 Spring;6(1):40-6. Chronic traumatic encephalopathy (CTE) in a National Football League Player: Case report and emerging medicolegal practice questions. Omalu BI et al.


 Dr. Bennet Omalu は  forensic pathologist (法医学にちかい病理医)で、神経病理医としても有名になったナイジェリア出身の医師です。

 このCTE発見と報告に際しては、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は猛烈な圧力を彼にかけました。

 そこら辺のストーリーは非常によくこの映画では描かれています。
 NFLが利益のために博士と選手にいかに圧力をかけ、公表を阻止しようとしたか。

 しかし結局この疾患はその後医学界に認知され、NFLにより選手には補償もなされます。CTEについては 基金などもできて今ではスポーツ関連疾患としてよく認知されています。
 ▶ The Concussion Legacy Foundation
  このサイト内の CTEの解説ページはわかりやすいです。

 この映画「コンカッション」のすごいところのもう一つは、NFL全面協力であるということも挙げられます。すべて公式ロゴもつかっていますし、基本的には実名でストーリーは進みます。

 NFLは誠実にこの問題に取り組むよという宣言でもあり、またエクスキューズでもありますね。選手側も自己選択で選手となったわけですが、こういった疾病はかなり認知されてきており、無理筋の訴訟はほぼなくなっているようです。

 しかし、この CTE は死後の解剖でないと確定診断ができないことが問題でした。診断はとても難しくて画像だけでは疑診程度なんですね。

 それに対する検査法となりうる方法を一つ見つけたよ、という論文が昨日、私も所属している NIAID/NIH から発表されました
 ▶ NIH-developed test detects protein associated with Alzheimer’s and CTE

 論文はこれ (Seeding selectivity and ultrasensitive detection of tau aggregate conformers of Alzheimer disease)で、簡単言うと病的な Tau タンパク質の凝集を、針の先っぽほどのごく少量のサンプルから極めて高い感度で検出する AD RT-QuIC という方法を作ったということです。

 研究は、アルツハイマー病やボクシングの選手でCTEとなった症例などのサンプルを用いています。Tauタンパク質もクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD) におけるプリオンのように 「seed themselves」、増えるんですね…。

 この映画もすごいですし、病気が見つかるプロセス、検査のプロセスがリアルタイムで見られる領域ですね。今後は予防法と治療法にも焦点が当たっていくように思います。

 この領域では、先週、nature にアルツハイマー病の一部の原因蛋白はマウスにおいて、プリオンのように「Transmissible」である可能性があるという発表もありました。
 ▶ Transmission of amyloid-β protein pathology from cadaveric pituitary growth hormone

 興味深い領域ですね。病因の解明と治療法の開発がまたれます。

 話はそれますが、アルツハイマー病に今使われているドネペジル(アリセプト)は、もともとHMG-CoA 阻害薬のシードとして探されていたものを、元エーザイの杉本八郎先生がAChE 阻害薬として活性があることに気づいて開発された薬です。

 この薬については杉本先生自身のかかれた開発譚がおもしろいです。

 神経疾患の領域もどんどん研究が進んでいますね。



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2018年11月30日金曜日

赤ちゃんレベルの「ゲノム編集」の入門の話

 できるだけ簡単に解説してみようという試み、今回はちょっと時事ネタに絡めて、ゲノム編集のお話をしてみたいと思います。


ゲノム編集で双子が誕生??



 先週、中国でゲノム編集技術をつかってヒト受精卵の遺伝子改変をおこない、双子が生まれたというニュースがありました
 ▶ 毎日新聞  「ゲノム編集で双子」研究者、説得力ある説明せず
 ▶ BBC JAPAN 「世界初のゲノム編集赤ちゃん」の正当性主張 中国科学者
 など。

 ことの真偽は不明で、実際にこれが実施されたか否かについて、賀建奎(He Jiankui)氏からは説得力のある説明はなかったようです。しかし、倫理的・医学的な批判が起こっていて話題となっていますね

 11月29日には中国の科学技術省がゲノム編集活動の中止を命令したようです。
 ▶ AFP 「中国・科技省、遺伝子編集活動の中止を命令



ゲノム編集ってよく聞きますね 



 さて、ここのところ、といってもここ数年ですが、よく「ゲノム編集」という言葉を聞くと思います。遺伝子を書き換える技術なんでしょ、ということは何となくわかると思うのですが、実際に実験で毎日使っているので、今日は簡単にこの技術の解説を試みたいと思います。

 とはいっても、専門的なことや、最先端のこと、例によって細かいことはいくらでもあって、研究成果も多いですが、また大雑把に王道を簡単に解説してみたいという試みです。


ゲノムとは


 さて、まず言葉から入ります。初めに言葉ありき。「ゲノム」というのは「genome」なんですが、これは 遺伝子= gene + それらの総体 ome という意味合いですね。
 生物はたくさん遺伝子を持っていますが、遺伝子全てをひっくるめてgenome と言っているんですね。

 ゲノムというのは我々生物の設計図の総体という感じでとらえられているとおもいますが、おおすじはまちがいではありません。

 実際には遺伝子情報は設計図がすべてではなくて、さまざまな修飾(これも一時話題だったエピジェネティクスとかいいます)が加わりますし、設計図を読み込む機構や環境によって実際に形成されるものは異なるので、設計情報だけがすべてではないのですが…。

 細かいことは置いておいて原則で行きます。さらっと遺伝子について駆け足でみたあとに、ゲノム編集技術に行きたいと思います。

 さて、遺伝子というのは核酸に情報が書き込まれています。核酸というのは DNA と RNA。真核生物という、細胞に核をもっているヒトなどは、DNAに遺伝子情報が書き込まれています

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 遺伝子の書き込まれ方としては、DNAにおいては4つの塩基が「文字」として機能しています。A,C,G,T の4つで、それぞれ アデニンadenine, シトシンcytosine, グアニンguanine, チミンthymine という塩基のことです。
 RNAにおいては thymine のかわりに ウラシルuracil が使われています。A,C,G,U ですね。

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  完全に余談ですが、ウイルスの一部ではRNAが遺伝子を保持する役目を担っています。


遺伝子のコードのされ方



 さて、遺伝子というのはA,C,G,T の文字の並びで記されています。実際にどのようにコードされているかというと、3文字が1セットになっていて、特定のアミノ酸と対応しています。


f:id:minesot:20181130223605p:plain


 上の図は RNA で書かれていますが、最初の GCU というところが アラニンalanine というアミノ酸に対応しています。
 この3文字のことをコドン(codon)と言い、真核生物においてはすべての組み合わせについてアミノ酸または機能が分かっています。


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 さて上の図は「コドン表」という暗号解読表のようなものを図にしています。

 図の円の中心、真ん中から見ていきます。真下のちょっと左に向かってみると、中心に A のところがありますよね、その外側がTのところもあります。そしてさらにG。つまり、ATG。ここには Mと書かれていて、さらにSTART につながっています。

 この読み方は、ATGという三文字は、M= メチオニン というアミノ酸に対応していて、さらに、この遺伝子の翻訳はここからスタートするよ、ということです。

 さて、「翻訳」という言葉が軽くでてきました。

 実は、遺伝子というのは設計図だと言いましたが何の設計図なのか。これが重要です。


遺伝子というのはタンパク質をコードする


 なんの設計図かというと、遺伝子はタンパク質の設計図なのです。

 タンパク質とは何か。それはアミノ酸が連なった鎖なのです。我々の体の構造や機能を担う多くの分子はタンパク質なんですね。

 で、DNAに書き込まれている遺伝子情報からタンパク質を実際につくるまでの過程は大きく分けて二段階あるのです。

 一段階目はおおもとの設計図であるDNA から一時的な情報伝達を担うRNA に情報を写し取る「転写」(transcript)、そして二段階目はそのRNA の情報をもとにアミノ酸をつないで鎖を作り、最終的にタンパク質をつくる「翻訳」(translation)というプロセスです。

 さて。ここら辺の細かいことは分子生物学の基礎で非常に大事なのですが、今回は大雑把に、DNA→ RNA →タンパク質という形で設計図がタンパク質をつくることにつながっている、と理解していただければいいんじゃないかと思います。
 深入りは全くしません

 DNAには実際には遺伝子は連続して書き込まれているのではなく、スキップしていたりいろいろなのですが、そこもはしょって、A,C,G,T の文字列に情報が書き込まれているんだなと理解してもらえば今はよしとしましょう

ゲノム編集


 では、さっそくゲノム編集に入っていきます。

 ゲノム編集技術というのは、狙った遺伝子を改変する技術のことです。

 遺伝子というのはDNAに書き込まれていたのでした。これを改変するということは、大きく分けて、遺伝子を切り取ったり挿入したり文字を書き換えたりということが考えられます。このいずれも行うことができる技術なんです。

 さて、遺伝子を書き換えたりする、すなわちDNAを書き換えたりする、そういう方法は以前からありました。

 それは相同組換えという方法です。これについては後で簡単にふれます。

 相同組換えという方法はあるのですが、効率があまりよくないということもあり、実験において遺伝子を組み替えるのには時間と手間とコストがかかっていました。

 しかし、2005年にZFN という技術が発見されて利用されるようになって以降、思い通りの遺伝子を改変する方法が発達し、効率的に遺伝子を編集できるようになりました。
 これらの新しい技術のことをまとめて、ゲノム編集、と呼んでいるわけです。

 ゲノム編集と呼ばれる技術はいずれも、基本的に、ヌクレアーゼ nuclease という酵素を用います。ふぁ?? なんだ、酵素?込み入らないように説明をします。


酵素について



 酵素というのはラフに考えると機能をもったタンパク質のことです。
 触媒機能、すなわち化学反応を促進する機能なんですが、まぁこの際、誤謬はありますが機能としてしまいます。

 酵素の種類の名前は ase (アーゼ) で終わります。そして反応するものを先にくっつけて名前にします。

 例えば、タンパク質(protein)を分解する酵素はprotease (プロテアーゼ)、脂質(lipid)を分解する構想はlipase(リパーゼ)ですね。

 ヌクレアーゼ(nuclease)の、nucle… はなにかと言いますと、nucleic acid、すなわち核酸、すなわちDNAかRNAです。

 そう、ヌクレアーゼというのは、DNAやRNAを分解する酵素のことなのです。

 さて名前の説明をしてしまいましたが、ゲノム編集にはこのヌクレアーゼを用います。ヌクレアーゼはエンドヌクレアーゼやエキソヌクレアーゼなどと分類できますが、まずはよしとします。

 こう考えます。ヌクレアーゼは、DNAを分解する。ただし、分解といっても粉々のばらばらにめちゃめちゃにするわけではなくて、「ある部分」において「DNAの鎖を切る」、そういう酵素だと考えてください。

DNAを切る


 さて、DNAに戻ります。DNAは二本の鎖がらせんを形成した構造をもっています。ここで、ヌクレアーゼは鎖のうちの一本を「ある部位」で切ることができると考えてください。二本のうち一本に、ある一箇所で切れ目をいれることを「ニック」を入れると言ったりします。


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 DNAの鎖の一本をある個所で切ったとしても、相手側のもう一本の鎖が残っているので、ばらばらにはならず、図のようになりますね。


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 はぁ…DNAの鎖を切る…それがどうゲノム編集、すなわち塩基=文字を書き換えることにつながるの?。そう思いますよね。ここからです。

 ニックをいれるということまでは分かりました。さて、もし、ニックが入った状況でもう一本のDNAの向かい側の同じ場所にニックが入ったらどうなるでしょうか。


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 はい、完全に鎖が切れてDNAは二つに分かれてしまいますね。



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 これを、二本鎖切断 = double strand break (DSB)と言います。

 まぁ言葉は難しいですが、DSBといったらDNAの二本の鎖が切れた状態をつくることです。

 さて、これが実際に起こってしまうと、情報を保存しているDNAが壊れますから、困ります。

 こんなこと起こったら細胞は生きていけません。そこで、細胞はこういったDSB に対して修復をする装置を持っているんです。


DSBを修復する機構


 その方法が大きく二つに分かれます。

 1つは、「相同組換え」あれ、聞いたことありますかね。そう、ゲノム編集技術をつかわないで遺伝子を書き換えるときに実験でも使う方法なんです。

 もう1つは「非相同末端結合」と言います。

 あー言葉が難しくてもうぐちゃぐちゃですね。

 しかし恐れることはありません。DSB = 二本鎖が切れる。そうすると細胞はそこを直そうとするわけです。その方法が「相同組換え」と「非相同末端結合」なわけです。

 さて、「相同」って何?って話になりますよね。相同、ってお互いに同じ、って意味ですよね。何が、何と同じなのか。

 実は、DNAの鎖が二本とも切れてしまった時には、切れた場所周辺と同じ配列をもつ別のDNAを鋳型にして切れてしまった部分を修復する、ということが起こりえます。


 図で示します。細かい機構や機序は一切省きます。


f:id:minesot:20181130224457p:plain


 さて、図の説明をします。


 まずDSBが起こります。そうするとバラバラになってしまうんですが、それを防ぐためにいろいろな分子がやってきてこれを保護します。保護しているところに、切れた鎖の左右がある程度同じ配列をもっているDNAがやってきたとします。

 そうすると、それを鋳型にして、切れた部分を直す分子がやってきて、直すことができるのです。この図では、真ん中に緑のところがあり、両端は違う配列(黒)ですが、赤と青の部分がおなじDNAがやってきました。

 そうすると、赤と青のところを鋳型にして直すのですが、完成すると真ん中に緑のものが組み入れられています。この緑色のところがポイントになるんですね。この部分は1個の塩基でももっとたくさんの塩基でもいいのです。そしてまた0個でもいい。

 そしてまた、赤と青で示した相同部分も完全に一致していなくてもいいのです👶ほとんどあっていればこの相同組換えは起こる。そうするとですね。この鋳型に、緑色のところでも、赤や青のところでも、変更したい塩基をいれておけば、もともとのDNAを置き換えられることになるんですね。


 さて、次に、相同組換えとは違う方、非相同末端結合についても簡単に説明をしておきたいと思います。

 こちらは、相同な鋳型のDNAを使わずにDSB(二本の鎖の切断でした)をつなぎ合わせる方法です。端っこと端っこがくっつくので末端結合といいます。


f:id:minesot:20181130224540p:plain



 実はこの非相同末端結合が起こるときに、端っこだった部分がすこし失われて、DSBが起こる前より短くなることも起こるのです。
 こうなると、遺伝子の一部の情報が失われます。これもゲノム編集に使われる一つの現象なのですが、細かくは省略します。遺伝子が失われることがある、と考えてしまってよいと思います

 さて、ここまでを少し振り返ります。

 ① 私たちの細胞では遺伝子はDNAに4文字の配列として書き込まれていました。3文字が1セットで1つのアミノ酸に対応していて、それがつながったタンパク質が作られるのでした。

 ②DNAを切るヌクレアーゼという酵素の一部は、DNAの一本の鎖を切る(ニックを入れる)ことができるのでした。二本の鎖を同じ場所で切る(DSB)と、DNAはバラバラになりかけますが、それを直す仕組み、を細胞は持っていました。

 ③その仕組みが「相同組換え」と「非相同末端組換え」であり、その仕組みを使ってDNAを修復すると、元とはちょっと異なった配列になることがある、ということが分かりました。


ゲノム編集の歴史



 さて、先に進みます。

 ここで、ゲノム編集の歴史の話をしながら、順番に技術の発展を見ていきます。最近よく聞く CRISPR/Cas9 (クリスパー・キャスナイン)というのが最も新しい技術である、というところまで行きます。

 ゲノム編集の歴史としては、DNAを組換える技術が1973年に確立したことがはじめといえると思います。


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 1973年に、相同組換えを用いてのDNAの組換え技術ができました。ここでは詳細には触れませんが、効率とコストの問題があります。
 もちろんこの技術はとても多用されました。

 さて、大きな変化が起こったのが、1996年の ZFN という方法の発見と開発になります。


ZFN


 ZFN というのは Zinc finger nuclease のことです。Zinc というのは金属の亜鉛のこと。Finger は指なのですが、Zinc finger というのは「亜鉛が結合するタンパク質のある構造」のグループで、
 「DNAに結合する」性質をもっているのです。

 ですから、Zinc finger というのは、DNAにくっつくタンパク質の部分のこと。

 Nuclease はヌクレアーゼです。DNAを切るんでしたね。よって、ZFN は DNAにくっつく Zinc finger と ヌクレアーゼ、ということになります。

 さて、ヌクレアーゼは「ある部位」でDNAを切るのでした。
 その場所とはどこか。そこが問題です。

 実際に細胞の中に存在しているヌクレアーゼは、DNAの特異的な配列、すなわち文字の並びを認識して切ったり、片っ端から切ったりといろいろです。

 しかし、このヌクレアーゼの機能を、DNAを切るために使いたいと思った場合には、狙った場所のDNAを切ってもらう、ということができるようになる必要がありますね。

 ここで、Zinc finger は何種類もあるのですが、あるものは「特定のDNAの塩基3文字を認識」する、という性質をもっています。
 持たせることもできます。そうすると、こういうことができますね。


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 GGG を認識する ZF、GGTを認識するZF、GAC を認識するZFをつなげた ZFの鎖を作れば、GGGGGTGAC というDNAの配列を認識してくっつくものが作れる!

 そして、この鎖の一番先っぽに、DNAを切るヌクレアーゼの、切る機能のある部分をくっつければ、特異的なDNAの配列(この場合GGGGGTGAC)の先っぽでDNAを切ることができるようになります。


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 そして、図にあるように、青と赤に対応する、ZFの2セットの鎖をつかってあげるんです。切りたいところの左側と、右側にそれぞれ特異的な配列を認識するZFの鎖をつくり、先っぽにヌクレアーゼ(図ではFok1)をくっつける。そうすると、狙ったところで DSB (二本の鎖を切る)ことができますね!

 これがZFN です。

 かなり画期的な方法で、この方法により、特異的な配列を決めれば狙った場所にDSBを引き起こすことができるようになりました。


TALEN



 歴史に戻ります。次に出てきた技術が、TALEN というものです。
これは Transcription Activator-like  Effector Nucleases の略です…難しい。

 Transcription というのは「転写」のことで、DNAの情報をRNAにうつすこと、でした、そのあとの言葉の解釈は難しいのではしょりますが、DNAの情報をRNAに移す時にいろいろと作用するタンパク質があります。

 そういったタンパク質の中に、あるDNAの1文字を認識することのできるタンパク質の部分が存在するんですね。
 ZFと同じようなことなんですが、違う構造を持っています。

 そういう、DNA を認識する部分をブロックのようにつなげれば、ZFNのように特異的な配列を認識できるようになる、そして、はじっこに同じようにヌクレアーゼをくっつければ、そこでDSBを起こせる、という発想、それがTALENです。


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  この二つの技術は画期的で、人工的にヌクレアーゼとDNA配列認識部分をくっつけているので、人工ヌクレアーゼといってよいものなのですね。

 これらの技術をつかって、たくさん遺伝子改変が行われてきました。


そしてCRISPR/Cas9


 しかし、真打として登場するのが CRISPR/Cas9 です。これはヌクレアーゼと他のユニットを組み合わせるというのとは、全く違う方法で、一気にゲノム編集の機運が高まったのです。

 真打のCRISPR/Cas9 ですが、発見の経緯と、もともとは何であったのか、から入ります。

 細菌は1個の細胞からなる生物です。え?細菌?

 そう、実はCRISPR/Cas9 は細菌から見つかったのです。しかも、細菌のもっている免疫システムとして見つかったのです。

 細菌に免疫?はぁ?細菌などから私たちを守るのが免疫なんじゃないの?
そう思われるかと思いますが、実は、細菌も狙われているんですね。

 細菌が何に狙われているか。ウイルスです。細菌に感染する、たとえばファージというウイルスがいます。こういったウイルスは、細菌の中に自分のDNAやRNAを打ち込み、細菌の細胞を乗っ取って自分の子孫を作るんです。


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 ですから、細菌にウイルスが感染する、ということがおこるのです。

 これに対して、細菌も抵抗しようという、そういう仕組みを持っています。その一つが、CRISPR/Cas9 の元になるシステムだったのです。


 どういうことなのか順番に見ていきます。
 Jinek et al.  Nature Methods 10, 957–963 (2013)の図を借ります。


 まず、ファージという細菌に感染するウイルスが細菌に表面にくっつき、自分のDNAを打ち込みます。


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 すると、細菌としてはこのDNAをつかってウイルスが増えては困るということもありますので、外来DNAとしてこれをばらばらに切断する分子をつかって壊します。この分子は Cas という分子複数個からなっています。


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 そしてばらばらに切ったウイルス由来のDNAの断片を、自分のDNAの中の、CRISPR と呼ばれる領域に組み込みます。
 これが、「免疫記憶」にあたります。つまり、攻めてきたウイルスのDNA情報を切り取って、自分の中に組み込むことで覚えておくのです。


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 さて、免疫能力を発揮するのは、同じウイルスが二度目に攻め込んできたときになります。

 ファージというウイルスがまたDNAを打ち込んできますが、細菌側としては、自分のDNAのCRISPR という部分に組み込んでおいた ファージ由来のDNA断片をRNAとして転写します。

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 また、同時に、「Cas9」というタンパク質と、「トラッカーRNA」という足場になるようなRNAからなる部品も作ります。


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 作られた ①「Cas9」 は、②「CRISPR 領域から転写したRNA 」と③「トラッカーRNA」とをまとめて複合体を作ります。ここが肝です。


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 この複合体は、④「ウイルスが打ち込んできたDNA」のうち、「CRISPR領域に組み込んで記憶しておいたのと同じ配列を持つ部分」を認識して、その部分にくっつきます。つまり、特異的な配列を認識してくっつくわけです。

 そして、特異的な配列の根本の部分で、ウイルスが打ち込んできたDNAにDSB、つまり二本鎖の切断をひき起こします。
 こうして、ウイルスが打ち込んできたDNAを分解するのです。


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 さて、この仕組み、ざっくりまとめてしまうと、「特異的なDNAの配列を認識するRNAと、Cas9というヌクレアーゼを使って、狙った部分でDNAにDSBをおこす」というシステムですね。

 これは、考えてみれば、ゲノム編集に応用できそうではありませんか!

 だって、「特異的な配列」を狙って、「DSBを起こす」ことができるのですから。

 そこで、これを応用したのが、CRISPR/Cas9 システムなのです。
 仕組みは細菌のもっているのものを応用して少し変更したものです。


CRISPR/Cas9 をツールとして使う


 細菌のCRISPR領域に組み込まれた配列はRNAとして転写されますが、このRNAは「特異的な配列を認識する」、という役割をもつものでした。このRNAをガイドするRNAという意味で 「gRNA」と呼ぶことにします。

 さて、gRNAは、「トラッカーRNA」という足場となるパーツとCas9とくっついて複合体をつくるのでした。しかし、ここで人工的にすこし細工をします。

 gRNA とトラッカーRNAを人工的につなげた RNAを作ってしまえばいいのではないか、そういいう発想です。
 そうすると、この 「gRNA+トラッカーRNA」と「Cas9」があれば、gRNAに対応した特異的配列のDNAを認識して、DSBを引き起こすことができます


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  これが、CRISPR/Cas9 システムをツールとしてつかうことになるのです!

 実際には図にあるように、PAMという配列が必要だったり、Cas9もいろいろな種類があったりするのですが、そこは今回は省略します。


簡単にまとめると


 さて、まず CRISPR/Cas9 について振り返ります。

 このシステムは、細菌がウイルスから自分を守るシステムでした。ウイルス由来のDNAの特異的な配列にDSBを引き起こすシステムで、認識にはRNAを使いました。そして、RNAは gRNAとトラッカーRNAからなるのでしたが、これは人工的にくっつけることができたのでした。

 というわけで、真打のCRISPR/Cas9 システムまで見ました。

 歴史の振り返りとしては、ヌクレアーゼと認識タンパク質で作られた ZFN → TALENと、きて、ヌクレアーゼであるCas9 と認識するRNAで作られた CRISPR/Cas9 システムが出てきた、というわけです。

 さて、DSBを引き起こしたあとの組換え方法やノックアウトと呼ばれる遺伝子をつぶす方法の詳細は、…はぶいちゃいます!とにかく、このテクニックを使うと、遺伝子を書き換えられるんだ、ということがわかっていただければまずは満足です。


時事問題に戻ります


 ここからは、今回中国で騒動となったCCR5 という分子の背景と、技術的になにが問題なのかな、ということを呟きたいと思います。
 倫理的なことは今日は呟きません。定見ももたないので…。

 さて、今回の報道では、中国で行われたと主張されている内容は、ヒトの受精卵にゲノム編集を行って、CCR5という分子を叩き潰した、そういうヒトを作ったよ、という話なんです。

 CCR5は細胞の表面にでているタンパク質です。
 ケモカイン受容体という仲間で、情報をキャッチするのが本来の仕事です。

 しかし、なにが大事かというと、このCCR5は エイズを引き起こすウイルスである HIV が、細胞に感染するときに重要だということです。

 下の図に示すように、HIV(HIV-1)は ウイルスの表面にあるgp120 という分子が、細胞の表面にあるCCR5とくっつくことで、細胞にくっつきます。
 そして、その後、いくつもの分子が働いて、細胞の中に侵入していくのです。

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 とすると、このCCR5がなければどうなるか。

 HIVは細胞に入れませんから、感染しないんですね。というわけで、これは細胞レベルの実験ではよく知られていることでした。

 そして、2010年にはこんな論文が出ています。Holt N et al. Nat Biotechnol. 2010 Aug;28(8):839-47.

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 この論文では、ヒト化マウスのCCR5をゲノム編集で無くしたうえで、HIVの感染実験をしています…はぁ??

 かみ砕きます。まず、HIV というのはヒトには感染しますが、マウスに感染しません。なので、普通のマウスでは動物実験ができないのです。HIVが感染しなければなにも起きないので。

 そこで、ヒト化マウスというものを作ります。ヒト化、というのはどういう意味かというと、マウスの、血液だけをヒトのものに入れ替えたマウス、というような意味です。そういうことができるんです。

 どうやって作るかというと、免疫が不全のマウスというのがいて、そのマウスの血液細胞をまずすべて殺してしまいます。そのあとにヒトの血液細胞のもとになる造血幹細胞という細胞をこのマウスに入れるんですね。そうすると、それが分化して血液細胞になるので、マウスの血液をヒト由来のものに置き換えることができるのです。

 これが、ヒト化マウス。

 ヒト化マウスでは、血液がヒト由来になっています。ここで、エイズのウイルスであるHIVは血液細胞の一種であるT細胞などに感染しますのでこの、ヒト化マウスにはHIVウイルスが感染するのです。

 よって、ヒト化マウスはHIVの研究に使えるモデルマウスということなのですね。

 さて、論文に戻ります。この論文ではなにをしたか、それが大事です。もし、ヒト化マウスの中にあるヒト由来の血液細胞にCCR5がなかったらどうなるでしょうか。そういう話です。

 CCR5はHIVが感染するのに必要なのでした。だからCCR5がなければ、このマウスはHIVに感染しない、そういうことになる、ということが予想されますよね。

 では、どうやってCCR5を消せばいいのかそこでゲノム編集技術です。
ヒト化マウスは、ヒトの造血幹細胞を入れて作るのでした。であれば、ヒトの造血幹細胞にゲノム編集をして、CCR5をなくしたあとにマウスにいれたらどうだろう。それをやったのがこの論文です。

 使った方法は ZEN。ついてきてくださった皆さんならお気づきの、最初に作られたゲノム編集技術ですね。これをつかってヒト造血幹細胞のCCR5を叩き潰しました。

 そして、その造血幹細胞をマウスにうって、ヒト化マウスの血液細胞からCCR5が消えたことを確かめました。

 そして、HIVを打ったんですね。そうすると、ZENを使っていないマウス=CCR5があるマウスでは脾臓にいる細胞のうちCD4陽性細胞という細胞が消えてしまいましたが、CCR5がないゲノム編集済のマウスでは消えませんでした。

 CD4陽性細胞というのはHIVのターゲットとなるT細胞なんです。つまり、CCR5のあるマウスではその細胞がHIVに殺されてしまいましたが、CCR5をなくすと殺されなかったんですね。

 ということで、この論文ではCCR5をなくせば、HIVへの感受性がなくなる、すなわち感染しない能力が得られる、ということが示唆されたわけです。

 このCCR5に関しては、TALENを使って叩き潰し、HIV感受性が減るということを示した論文もあります。

 TALEN-Mediated Knockout of CCR5 Confers Protection Against Infection of Human Immunodeficiency Virus. Shi B et al.  J Acquir Immune Defic Syndr. 2017 Feb 1;74(2):229-241.など


 こういったことから、HIVに対する治療的なアプローチとしてのゲノム編集は注目されてきていたのです。
 The therapeutic application of CRISPR/Cas9 technologies for HIV. Saayman S et al. Expert Opin Biol Ther. 2015 Jun;15(6):819-30. などでそのあたりのことはまとめられていました。


今回のニュース


 今回のニュースにもどります。

 つまり、CCR5をつぶす、これがヒトでも同じことができ、ゲノム編集でCCR5をつぶしてしまえば、HIVに感染しないヒトができるのでは…そういうことだったんです。実際、CCR5が少し違う(CCR5-Δ32という変異)ヒトというのはいて、マクロファージ指向性という特徴のあるHIVにかかりにくい/かからないことも知られています

 そこに発想を得ての、今回の発表だったんですね。ことの真偽はわかりませんけれども。

 さて、では、倫理ではなく、技術的にどんな問題があるのか、一点だけ触れたいと思います。

技術的な問題は


 いままでのふれてきたようにゲノム編集技術である「CRISPR/Cas9」法は、「特異的な」つまり、「狙った遺伝子」を「正確に」編集できる、のではないかと考えられてきました。

 しかし、実はこれには落とし穴があったのです。

 狙ったところ以外の遺伝子にも影響を与えてしまう効果がある…。そういったことがわかってきました。これを標的の外への影響、という意味で「Off-Traget effect」 と呼んでいます。

 言い換えるとこれは、gRNAで認識するところ以外の遺伝子も切ってしまったりする効果がCRISPR/Cas9にはある、という問題です。

 そしてさらに、今年の7月には Nature Biotechnology に、標的とした遺伝子周囲のDNAにたくさんの欠失や再構成を引き起こすということが報告されたのです。
 (nature による紹介記事: https://www.nature.com/articles/d41586-018-05736-3)

 元の論文は
 Repair of double-strand breaks induced by CRISPR–Cas9 leads to large deletions and complex rearrangement. Michael Kosicki, Kärt Tomberg & Allan Bradley
 Nature Biotechnology volume 36, pages 765–771 (2018)   
 https://www.nature.com/articles/nbt.4192 です。

 この論文の前にも実は、同じような解析はありました。
 CRISPR/Cas9 targeting events cause complex deletions and insertions at 17 sites in the mouse genome. Shin HY et al. Nat Commun. 2017 May 31;8:15464. doi: 10.1038/ncomms15464.  https://www.nature.com/articles/ncomms15464


 さて、Nat biotechnologyの論文では、狙った遺伝子ではない部分にたくさんの異常がおこることから、pathogenic すなわち不具合を引き起こす可能性がある、と結論付けています。

 つまり、現時点でのゲノム編集技術は、狙ったところだけを改変する完全な技術ではなさそう、ということですね。これは問題です。

 この技術はそういう意味でまだまだ検討していかねばなりませんし、こういった問題を解決しなくてはなりません。

 治療応用や、ましてやヒト受精卵をいじるという段階にはまだ達していないように思います。

 そのほかにも実は、ヒトの遺伝子はそれぞれ同じものが最低2個のっているのですが、その片一方しか編集できなかったり、すべての細胞を編集はできなかったりという問題もあるのですが、ここらへんは端折ります。
 (興味のある方は nature ダイジェスト 2015年にすでにこんな記事があります:ヒトの生殖系列のゲノムを編集すべきでない )

 さて、というわけで、今回は長くなりました(実はここまでで11000文字を超えてしまいました)がゲノム編集を時事問題にからめて触れてみました。

 かなり端折っていますし、簡単にしているので語弊もあるかと思います。


 最後にゲノム編集に関係する資料を置いておきます!
 ▶ 英語版ですがゲノム編集について詳しいフリーブックが addgene で手に入ります   (https://info.addgene.org/download-addgenes-ebook-crispr-101-2nd-edition)
 ▶ 日本語の資料としてはコスモバイオの YouTube がわかりやすいですね。



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2018年11月14日水曜日

病理領域の Journal 紹介

 病理診断、病理の研究の分野の Journal を紹介します。




 これらの雑誌のコンテンツを毎月チェックすれば、病理分野のトレンドは大体つかめると思いますし、これらの Journal をチェックしていれば、臨床病理・研究病理の話題は大体押さえられると思います。


● Journal of Pathology


 ・1969年-
 ・ISSN 00223417, 10969896
 ・Impact factor: 6.253, H Index:164
 
 病理領域では一番ランクが高い状態の Journal です。臨床病理的な article と research article の両方がありますが、research よりです。細胞生物学・分子生物学的な病態・病因論の論文が多いですね。


● Modern Pathology


 ・1988年-
 ・ISSN 15300285, 08933952
 ・Impact factor: 6.655, H Index:133

  The United States & Canadian Academy of Pathology (USCAP) の公式雑誌。Nature の姉妹紙になってからすごく勢いがありますね。2年前までの古い記事はすべてフリーで読めるのもありがたいところです。

 雑誌の扱う範囲(Aims and scope といいますね)は、診断病理・研究病理のものですが、症例報告などはなく、分子生物学的な検討までされた臨床病理か研究系のものがほとんどとなっています。


● American Journal of Surgical Pathology


 ・1977年-
 ・ISSN 01475185
 ・Impact factor: 5.878, H Index:185

 AJSP と略しています。臨床病理をやる病理診断医にとっては、もっとも読むことが多い Journal かもしれません。外科病理良記ではおそらく一番。

 臨床病理的な記事、レビュー、症例報告なども診断に直結したものが多くなっています。The Arthur Purdy Stout Society of Surgical Pathologists と The Gastrointestinal Pathology Society の公式雑誌でもあります。

 新しい疾患概念や、鑑別診断についてはこの雑誌によい記事があることも多いですね。
 症例報告やシリーズケースではここを最高峰として狙って投稿することも多いかな。


● American Journal of Pathology


 ・1946年-
 ・ISSN 15252191, 00029440
 ・Impact factor: 4.069, H Index:250
 
 AJPと略しますね。すごくよい雑誌であることは間違いありませんが、AJSP や Modern pathology に抜かれた印象です。

American Society for Investigative Pathology の公式雑誌です。
 どちらかというと、分子生物学的・細胞生物学的な病態・病因に関する論文が多く、動物モデルやバイオマーカーなどの話も多いですが、症例報告などはほぼありません。


 ・1977年-
 ・ISSN 03090167, 13652559
 ・Impact factor: 3.267, H Index:108

 実務的、外科病理、診断病理むけの Journal で、病理組織学、病理診断技術、レビュー、症例報告などがメインです。 British Division of the International Academy of Pathology の公式雑誌。

 診断の実務に根差した記事、レビューが読みやすいので実務に役立つことは多いです。
 症例報告で現実的に狙うならこの雑誌というところもありますね。
 

 ・1973年-
 ・ISSN 00039985
 ・Impact factor: 3.658, H Index:103
 
 APLMと略しています。CAP の公式雑誌です。すべてフリーなのが素晴らしい。

 非常に実務的な内容が多く、診断病理・臨床病理の記事がほとんどです。

 読みやすく勉強になりますが、中でも RESIDENT SHORT REVIEWS シリーズは非常に有用で、疾患ごとにまとめらたレビューは教科書のように使えます。抄読会にもいいかもしれないですね。

 免疫染色関連の話題が非常に多く、マーカーについて調べたり、マーカー関係の論文の投稿をしたりするのにもよいと思われます。


 ・1970年-
 ・ISSN 00468177
 ・Impact factor: 3.125, H Index:127

 臨床病理の雑誌であり、題名通りヒトの病理についてがテーマです。オープンアクセスの記事も多いのが特徴。実務的な内容が多く、ケースシリーズなども豊富です。


 ・断続的に 1947年-
 ・ISSN 09456317
 ・Impact factor: 2.936, H Index:89
 
 大病理医 Virchow の名前を冠した雑誌で、The Official Journal of the European Society of Pathology の公式雑誌です。
 臨床病理的な内容の記事が多いです。


American Journal of Clinical Pathology


 ・1945年-
 ・ISSN 00029173
 ・Impact factor: 2.413, H Index:113

 AJCPと略します。The American Society for Clinical Pathology と the Academy of Clinical Laboratory Physicians and Scientists の公式雑誌になっています。

 臨床病理、検査学なども含む領域の記事が多くなっています。Review は読みやすいものが多いです。

 



 ※ この記事は随時更新します。








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