2019年6月14日金曜日

朝日新聞に HPVV に関する偏った一連の記事が掲載される

 HPVV についてはこのブログでも何回も触れてきました。
 問題と感じることがありましたので今日は書きたいと思います。


朝日新聞に HPVV に関する新しい記事が



 HPVV とは、ヒトパピローマウイルスワクチン、いわゆる「子宮頸癌ワクチン」のことです。基本的なことは以前にここに書きました。
 ▶ ごく簡単な「ヒトパピローマウイルスワクチン」(HPVV) の話 その1
 ここにもまとめています ▶ 【情報】ワクチンの情報のあるサイトまとめ

 さて、昨日2019年6月12日付で紙媒体の朝日新聞、ネット上の朝日新聞デジタル「アピタル」(4本関連記事がありました)に、この HPVV に関する記事が出ました。




 ▶ 子宮頸がんワクチン、積極的勧奨中止から6年 続く検証 
 ▶ 「副反応の治療態勢、整備が欠かせぬ」HPVワクチン
 ▶ HPVワクチン接種「社会の目線配慮し、合意形成を」

 この3本の記事は著しくバランスを欠く状況ですのでちょっと今日は書いてみたいと思います。のちに触れますが、もう1本のインタビュー記事は現実的な内容でした。

 (朝日新聞のHPVV に関する記事では、以前にもこんなことがありました
 ▶ 朝日新聞配信の子宮頸癌の記事、Yahoo!ニュース配信では一部を削除)



その前日までには…


 その前日までには、中日新聞、時事メディカルにも記事が出ていますが、これらは非常に冷静かつこれまでの経過を踏まえてよく書かれている記事でした。一読をお勧めします。
 
 ▶ 健康被害裁判続く子宮頸がんワクチン 「命を守る接種」学会で相次ぐ声 中日
 ▶ 子宮頸がんと副反応、埋もれた調査 「名古屋スタディ」監修教授に聞く 時事



HPVV の勧奨接種中止からこれまで



 HPVV は、定期接種が開始された2013年4月直後から「麻痺などが起こった」という副反応の可能性のある訴えがあり、マスメディアもこれを大きく取り上げて社会的な問題となったこともあり、これら「麻痺など」の「副反応と思われる症状」とワクチンの因果関係の調査が十分に行われるまで、という名目で「積極的な勧奨の中止」がなされたまますでに6年がたっています。

 その後、HPVVに関する科学的な知見は国内・国外ともに積み上げられ、上記時事メディカルの記事にもあるように、日本においては名古屋市での大掛かりなスタディも実施され、HPVVの「副反応と思われる症状」はワクチンの副反応ではなく、同年代に起こりやすい転換性障害(いわゆるヒステリー症状)などの他の原因の紛れ込みがかなりあるのではないかと考えられるようになっています。
参考 ▶ 転換性障害 Wikipedia、実際に診断は難しいこともあり、誤診率は4%近くあるという文献もあります BMJ 2005; 331

 不安などが原因でワクチン後に様々な症状がでることも、決して珍しいことではなく、AEFI と呼ばれ、これについてもレビューがされていたりします。
 ▶ Anxiety-related adverse events following immunization (AEFI): A systematic review of published clusters of illness. Vaccine Volume 36, Issue 2, 4 January 2018, Pages 299-305

さて、一部の医師たちが、HPVV を打つと起こる有害な事象を HANSと名付けたり、脳炎が生じているに違いない、と言っていますが、彼らの「仮説」はなぜかしっかり検証されず、査読付きのまともな科学雑誌に投稿しての議論は行われず、商業誌などで自説を開陳するばかりで科学的な討論の俎上にのせない状況が続いています。

 そして、これらの意見を「両論併記」の片側としてとりあげるメディアがまだあります…(今回の朝日もまさにこれなのでこの後触れていきたいと思います)。
 実は日経メディカルが以前にそのまま取り上げていました。
 ▶ 日経メディカル誌にとんでもない記事が掲載

 厚生労働省の「副反応と思われる症状」に関しての研究班では、科学的にまずいことが行われたりもしたことも記憶に新しいですが、いずれにせよ、これらの特異的な有害な事象とワクチンの因果関係は明らかになっていません

 国際的にも、海外の多くの研究で、日本で騒がれているような有害な事象はまとめられておらず、WHO は安全性についての宣言をし、日本での状況は HPVV とは関係ないと声明を出しています
 ▶ HPVV についての WHO 研究所の声明

 また、CDC や FDA などのアメリカの公的機関、イギリスの NHS やオーストラリアその他各国の公的機関も、HPVV は安全と宣言し、接種をかなり極的に男女ともに勧奨している状況です。

 日本国内でも、関連学術団体から見解もでています(▶PDFファイル)。
 さまざまな団体が見解を出していますが、日本プライマリ・ケア連合学会のHPVVに対する考え方も公表されています(▶ PDFファイル)。

 そういった状況で、HPVV の安全性はほぼコンセンサスが得られ、積極的勧奨の再開にむけて動き出すことが望まれる状況が出来上がってきているといえると思われます。


HPVV ワクチンの効果に関する研究はつみあがっている


 そういう状況で HPVV の効果については世界各国から研究報告が積みあがってきており、HPVV の接種率を上げ、あわせて検診をしっかり行うことで、2059年までに高所得国(人間開発指数が高い国)において子宮頸癌は事実上の撲滅状態にできるであろうという予測を示す研究が報告も出ています。
 ▶ HPVV で子宮頸癌を撲滅状態にできるという予測の論文が出ました

 HPVV については以前のブログ記事でもまとめましたが、今後も証拠・エビデンスを紹介していきたいと考えています。

 さてそういう状況なのですが、今回の朝日新聞の記事を少し検証してみたいと思います。


両論併記をしているつもりなんでしょうけれど


 朝日の記事を見てみます。

接種ががんの発症を減らせることを示唆する複数のデータが公表される一方で、重い副反応への心配も消えたとはいえない。

という書き出しであり、HPVVの効果は明らかになっている。一方、経緯も踏まえて副反応についても記載しますという形になっているように読めますね。

 書き出しは、HPVVを接種させることへの不安からはじまっています。まぁ経緯を考えればありでしょう。
 記事の続きでは、子宮頸癌の概説とHPVVについて触れた後に、効果に関する松山市とエジンバラ大の論文の結果を簡単に紹介しています。

 ここで、欄外のグラフを見てみますが、これも意図を感じます。


 がんにならない人が10万人あたり9万8678人とドーナツグラフでかくと、いかにもわずかな人へしか効果がないように見えますよね。これは間違いではないものの、公衆衛生施策のなんたるかをわかっていないとやってしまう方法でのグラフの提示としかいいようがありません。

 本文中では
国内で子宮頸がんになる人は年間約1万人で、約2800人が死亡している。
と実数で記載していますが、これも十分大きな数字であり、これを防ぐことができるのは十分に価値があると考えられませんでしょうか。グラフで、ごくわずかを強調するかのような記載は、一般的ではありません。
 疫学では10万人あたりという数字をよくつかうのですが、こういったグラフをかくと、多くの疾患は大したことがないように見えてしまうのです。
 かなり問題のある印象の操作と思えます

 その後、コクランについて書いているのですが、ここでは、コクランに掲載されたワクチン研究の一部にワクチン会社の資金提供を受けた研究者が評価に加わっていたという批判があることを記載し、研究そのものが結局どう評価されているのかにはふれず、いかにもコクランに掲載された研究が偏っているかのような印象操作をしています

一部メンバーが「ワクチンの関連企業から資金提供を受けていた研究者が、研究の評価に加わっている」

それはCOIといって利益相反についてなのですが、研究の評価がしっかりなされていれば、それが透明性をもって明らかにされていればあり得てもよいことで、即、それだからダメ、ということではないのです。



印象操作ととらえられかねない記載の連続



 さて、その次の小見出しです。




 「重い副反応」と書かれています。さて、地の文ではこうなっています。

… HPVワクチンの安全性は専門家の間で評価が必ずしも一致していない。

ここがもうすでに両論併記の罠にはまっており、誠実に書くなら、「一部の医療関係者が安全性に異を唱え続けている」程度になると考えてよいと思います。なぜなら、国外の研究でも国内の研究でもワクチンに関わる医療関係者のあいだでも、ほぼ安全性の評価は問題ないであろうで一致している状況であるからです。

 そして、ワクチン接種後の副反応の可能性がある症状としてとりあげているのは、

体の広範囲にわたる痛み…呼吸困難やじんましん、嘔吐といった重い症状

と記載しています。「重い」という言葉はここでは不適切です。というのは、重い症状というのは医学的にはやはり入院加療が必要である、後遺症として残存するなどに用いるべきであり、じんましん、嘔吐が重いと書くのはさすがに印象操作でしょう

 そして、その頻度についても

その頻度は、インフルエンザ菌b型(ヒブ)ワクチンほかのワクチンと比べて高い

と書きます。これは慎重に書かねばならず、ほかのワクチンから大きくはずれているのか否か、高いなら、どの程度高く、それは明らかな異常な状態なのかを書かねばならないでしょう。やはり印象操作ですね。

そして、WHOは「極めて安全」とするが…「アナフィラキシー」と、接種との関係があると推定した

と書いています。これは、他のワクチンでも推定されていますし、アナフィラキシーは起こりうることは HPVVに関する他の公的情報でも触れられており、ミスリーディングな記載です。頻度も100万件に1件程度のものを突然取り出しています。

 その次に、鹿児島大の高嶋教授のインタビューが入りますが、ここで唐突に

まひやけれいんなどをふくむ重い症状の人

がでてきます。峻別すべき副反応の患者を、データなしでここで唐突に触れており、これもあきらかなミスリーディングです。


両論併記をしているつもりなんでしょうけれど



 この高嶋教授へのインタビューは別建てでデジタルの方に書かれています。
 ▶ 「副反応の治療態勢、整備が欠かせぬ」HPVワクチン

 この記事(インタビュー記事の体ですので、論拠やそのほかは発言者に責任があるという形にしているのかなと思われます)と、HPVVで「自己免疫性脳炎」なるものが起こるということについては、機会を改めてこのブログで書いてみたいと思いますが、現時点では、あくまでも一部の方の仮説にすぎず、まとめて報告した査読付き論文はなく、対照群を設定した疫学的な検討もなく、商業誌での繰り返しての提起にすぎず、神経内科系の医師の間でもコンセンサスを得られているものではない、ということは触れておかねばならないと思います。

 一方、同時に朝日新聞にはこのようなインタビュー記事も出ています。このインタビューはよくまとまっているので一読をお勧めします(他の3本は勧めません)。
 ▶ HPVワクチン「1日も早く積極的な勧奨再開を」

 こちらを掲載したということは一見冷静でまともなんですが、両論併記の片側として出してしまっているのでこちらが一般的な医療従事者の現在の認識とうまく伝わるとは思えません。

 科学や医学については、両論併記は適切ではない場合が多いように思います。
 なぜなら、論拠ありの正しい言説 vs. 信仰 になりがちだからです。

 両論併記すればなんでも正しいという陳腐な考え方がこの新聞社にはどうもあるように思えてなりません。
 「安全性は専門家の間で評価が必ずしも一致していない」といいますが、どこまで一致すればこの新聞社は一致とするのでしょう。
 たとえば「人を殺してはいけないという倫理観は必ずしも一致していない」だって真でしょうが、書き方のバランスというものがあるはずです。
 
 どういった専門家のどんな議論の状況で、どうしてそう判断したのか、しっかり書けないようでは中学生の壁新聞以下でしょう。

 そして、この記事群の一つ、
 ▶ HPVワクチン接種「社会の目線配慮し、合意形成を」
これについては社会の目線・反対者の「お気持ち」への配慮などを中心とした記事で、科学的なことについてだけ読み通すと、意味はわかるのですが、過剰配慮や媚を売ることまで科学に求めているともとれ、やや過剰でバランスを欠く部分があると言えると思います。
 個別の記事の検討はまたしたいと思います。


最大の問題は



 名古屋スタディという日本で実施された副反応が増えているかどうかを検討した研究があります。これについては改めてまた触れたいと思いますが、この記事では全く触れていません

 最初に紹介した時事メディカルに詳しくのっていますが、これを取り上げない時点で、この記事群はどうしようもありません。

 朝日新聞は、こういう姿勢である、と明らかに宣言したととらえてよい記事群であり、朝日の医療系の記事は信頼すべきではない、と医師として言っておきたいと思います。



副反応被害者とされる方へのサポートはさらに手厚く



 さて、この問題に関しては、副反応の可能性のある被害者が実際にいることは忘れてはいけません。もちろん、実際にワクチンの副反応であった方もいるでしょう、また、他の疾患の紛れ込みや、ワクチン接種とは関係なく発症した疾患であった場合もあるでしょう。
 いずれにせよ、HPVV論争とは関係なく、症状のある方苦しんでいる方については医療が十分に提供され、立場性を超えて正しい診断と正しい治療を受けられる状況を作り出すことが大切です。

 HPVVでは副反応は起こらない、というのは嘘です。どんなワクチンでも副反応は起こりえますし、未知の新しい症状・有害事象が起こる可能性は常にあります。ですから、可能性があることはしっかりと拾い上げ、科学的に検証をし、多くの検討がなされねばなりません。

 一方、HPVVの副反応と決めつけられてしまって、他の疾患などがまじっていることも徹底的に避けねばなりません。正しい診断がつかなければ正しい治療が受けられないからです。転換性障害であれば、しっかりと児童精神科を中心としたサポートの体制が必要ですし、起立性調節障害でもしかり、もし本当に、脳炎などがあるのであれば、同様の症状のある対症群と比較して、有意に異なる点を見出せば新しい治療が検討できる可能性もあります。

 とにかく、副反応と思われる方を含むワクチン接種後の有害な事象に苦しむ方については、論争の具にしないことが大切です。患者の会などは、まずは最優先としてそういった方へのサポートと適切な医療提供ができるような協力体制の再構築をしていただきたいと個人的には願っています。



不幸を減らすために



 今回の朝日新聞の一連の記事は、印象操作により HPVV を忌避させる効果が強くでているととらえられると思います。立場性を超えてこれは残念であり、医療系のリテラシーについてこの新聞社は非常にまずい状況であるということが明らかに出ているように思います。

 他の媒体が冷静に状況をみながら良い記事を書き出しているときに、なぜこのような記事が出るようになってしまっているのか、他人事ながら心配になります。

 子宮頸癌は確実に多くの人の健康と命を奪っている疾患です
 これを克服する方法を持ち合わせているにも関わらず、実質的に使用されていない状況が「社会的な要因で」起きてしまっていることは大変によろしくないことと思います。

 今後も HPVV については情報を提供していきたいと思います。


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