テーマはリ・フラウメニ (Li-Fraumeni) 症候群という症候群でした。
ちょっと簡単に解説してみたいと思います。
まずは情報のあるところから
日本語の情報は GRJと難病情報センターがとてもよくまとまっていますね。
▶ リ・フラウメニ症候群 GenesReviewsJapan
▶ 難病情報センター リ・フラウメニ(Li-Fraumeni)症候群とその類縁症候群
▶ Cancer.net Li-Fraumeni Syndrome
▶ 医療従事者にはこのレビューがオープンでわかりやすくお勧め
Li-Fraumeni Syndrome W. Vogel J Adv Pract Oncol. 2017 Nov-Dec; 8(7): 742–746.
リ・フラウメニ (Li-Fraumeni) 症候群とは
そもそも「症候群」とはなんでしょうか。
Wikipedia の記載では、「症候群(しょうこうぐん、英: syndrome、シンドローム)とは、同時に起きる一連の症候のこと。原因不明ながら共通の病態(自他覚症状・検査所見・画像所見など)を示す患者が多い場合に、そのような症状の集まりに名をつけ扱いやすくしたものである。」とのこと…ん?
病気のことなのはわかるけど、普通の「●●病」などとはどう違うのかな…と。
まず、症候というのは症状や徴候、つまり苦しい状態であったり体に変化が現れたりすることですが、いろいろな症候が同時に起きる状態があるんですね。
そういう場合には、●●病となずけるには、原因がはっきりとわかり、それが元になって様々な症候が起こっている、ということが分からないといけないのです。
症候群は、原因不明ながら共通の病態がある場合に使われるのです。
なので、症候群という名前のついている病名の場合には、原則的には、原因が不明であるのですね。そして一連の症候がでるそれなりの集まりであるということなのです。
さて、くどくど説明から入りましたが、ちょっとこれは大事で、今回のテーマであるリ・フラウメニ症候群(Li-Fraumeni synd.; LFS) も明確な原因はまだ確定していないんですね。ただし、述べていくように、TP53 という遺伝子に異常があるのだろうということはほぼ確定的にわかっていますので、リ・フラウメニ病と呼んでもよいことになってくるのかもしれません。
というわけで進めていきます。
この症候群名は発見者である Frederick P. Li と Joseph F. Fraumeni, Jr からきています。以下は LFS と略していきます。
LFS は家族性に様々な「がん」を多発してくる症候群です。
これは遺伝性症候群と言われます。家族性に同じような病気が起こってくるからで、これが遺伝するからですね。
遺伝の様式は常染色体優性遺伝です。ここは遺伝様式の話で込み入るので今回は割愛してしまいますが、病気の因子がある方のお子さんには性別に関わらずそれぞれ 1/2 の確率で同じ因子が受け継がれ、フェノタイプを示す(発症する可能性がある)ことになります。
この病気=症候群はさまざまな「がん」を生じてくるのですが、古典的なリ・フラウメニ症候群とその類縁症候群であるリ・フラウメニ様症候群の二つの病型が知られていて、以下のような臨床診断基準に基づいて診断されています。
LFSは実際には非常にまれな症候群で、全世界でも報告は 400 家系に満たない程度です。しかし実際には、のちに述べる原因であるTP53 遺伝子の異常が2万分の1程度の高頻度で認められる可能性もあるとされています。
LFS の診断はどうするのか
臨床診断基準
LFS には以下のような臨床診断基準があります。「臨床」診断基準とは、これらの症候を認めた場合にこの症候群とまずは診断できる基準です。
- 古典的LFS基準 (以下の全てを満たす場合)
- ・発端者が45歳未満で肉腫と診断された
- ・第1度近親者が、45歳未満でがんと診断された
- ・第2度近親者以内に、45歳未満で診断された癌患者
- あるいは肉腫患者(診断時の年齢問わず)がいる
Li FP, Fraumeni JF et al. Cancer Res 1988;48:5358-5362
- Chompret基準 (以下のいずれかに当てはまる場合)
- この基準を満たす患者の少なくとも20%は
- 検出可能なTP53変異を有する
- ・発端者が46歳未満でLFS腫瘍
(軟部組織肉腫、骨肉腫、閉経前乳癌、脳腫瘍、
副腎皮質腫瘍、白血病、細気管支肺胞上皮癌)既往歴があり、
かつ第2度近親者以内に56歳未満でLFS腫瘍
(発端者が乳癌の場合は乳癌以外)がある - ・発端者に初発46歳未満の多発性腫瘍
- (多発性乳腺腫瘍を除く)の既往歴があり、
- そのうち2つがLFS腫瘍である
- ・家族歴に関係なく、発端者が副腎皮質腫瘍、
- 脈絡叢腫瘍もしくは胎児型遅形成横紋筋肉腫と
- 診断された(診断時の年齢問わず)
- ・31歳未満の乳癌
Tinat J et al. J Clin Oncol 2009;27:e108-109
診断基準の中の水色のところは、今回のドラマの中で出てきたキーワードでした。
そして現在では、確定診断は TP53 遺伝子の遺伝子検査によって行われています。
遺伝子検査
上でのべた診断基準のいずれかを満たした場合や、35歳未満で乳がんを発症したがBRCA1/2遺伝子変異が見つからなかった場合などが、TP53 遺伝子検査の適応とされています(NCCN; National Comprehensive Cancer Network の Clinical Practice Guidelines in Oncology, Genetic/Familial High-Risk Assessment: Breast and Ovarian, version 2, 2017 による)。
脇道にそれますが、BRCA 遺伝子の異常は乳癌などを起こすことで有名で、アンジェリーナ・ジョリーさんが乳房と卵巣を予防的に切除したことで有名になった、家族性乳癌・卵巣癌などの原因遺伝子ですね。
LFS とおなじような遺伝性の腫瘍性の起こりやすい病気です。
TP53 と LFS
さて、ここで、TP53 とは何か、ここを説明しないとちょっとわかりにくいですね。
この遺伝子は、がんの領域の研究や勉強をしている人には超絶有名なスーパースター的な遺伝子なのです。知らなければモグリといってもいいぐらいに。
まず TP53 の情報のあるところとして、GeneCards という便利なサイトのリンクを貼っておきますね。英語なのですが… ▶ TP53 Gene - GeneCards
Wikipedia の記事がわかりやすいかもしれません ▶ p53遺伝子 Wikipedia
TP53 は、Tumor Protein P53 という名称からの略称で、腫瘍に関わる遺伝子で、53kDaという大きさをもつプロテイン=タンパク質として名付けられたのですね。遺伝子名を呼ぶときには p53 と呼ぶことになります。
この p53 遺伝子は癌抑制遺伝子といわれますが、細胞が おかしくなってがんなどになりそうなときに、細胞の機能を停止させたり、細胞自体をアポトーシスといって殺すことによって、ひどい異常が生じないように制御する、ブレーキ的な役割をもつことがよく知られています。
ゾウではがんがとても少ないのですが、ゾウはp53をたくさん持っているため、という考察もあるんですね。▶ How elephants avoid cancer
さて、簡単ではありましたが、そんな TP53 はLFSの原因になるのでした。
古典的 LFS の臨床診断基準を満たす患者のうち70%では、TP53 遺伝子に病的とされる配列の変異、すなわち TP53 がうまく働かなくなっていることがあると考えられています(Varley JM. Hum Mutat. 2003;21:313–320)。
TP53 遺伝子の変異側から見ると、病的とされる変異のある人の95%が、古典的LFS基準か Chompret 基準かのどちらかを満たしていたという報告もあるのですね(Gonzalez K et al. J Clin Oncol. 2009;27:1250–1256)。
LFSの患者とその家族は、多発の原発がんを生じるリスクがありますので、発症前の遺伝子検査や、出生前診断などを含む検査についても、遺伝カウンセリングと合わせて十分に考慮される必要があると言えます。
LFS の場合のがん発症のリスク
LFSはさまざまな原発性のがんを多発するリスクが高い遺伝性腫瘍ですが、確定診断をうけた場合(TP53遺伝子に病的変異がある場合)、LFSに関連するがんの発症リスクは30歳までに約50%、60歳までに約90%と推定されています(Lustbader ED et al. Am J Hum Genet 1992;51:344-356)。
LFSの症状
LFSでは、若くしてがんを発症するリスクが高く、かつ、多発することも多いのですね。中心的ながんは、軟部組織肉腫、骨肉腫、乳癌、脳腫瘍、副腎皮質癌などで、これらが全体の約80%を占めています。
これらのがんによる症状や障害が、がんが発症すると出てくるのですね。
TP53遺伝子は癌抑制遺伝子で、細胞の異常を直したりおかしくなった細胞を始末したりするのでした。ここがおかしいために、LFS患者では、放射線によって二次性の悪性腫瘍の合併がおこることが知られています。
LFSの合併症
TP53遺伝子は癌抑制遺伝子で、細胞の異常を直したりおかしくなった細胞を始末したりするのでした。ここがおかしいために、LFS患者では、放射線によって二次性の悪性腫瘍の合併がおこることが知られています。
このため、放射線治療をできるだけ回避するのがよいとされています。
さらに、日光への曝露、喫煙、職業被曝、過度な飲酒、発がん性物質曝露などは、回避または最小限にすることが推奨されているのですね。
これは根本的な治療法はないので、発症したがんに対する治療ということになります。
LFSの治療法
これは根本的な治療法はないので、発症したがんに対する治療ということになります。
先に述べたように放射線治療は最小限にとどめることが重要ですが、基本的には通常のがん治療を行う。
そして、BRCA遺伝子のところで述べたように、TP53遺伝子の異常を有する女性に対しては予防的乳房切除術も選択肢の一つとして提案されたり実際に行われたりもしています。
というわけで
実際の臨床現場では、臨床診断基準にあるような、家族内でのやや特殊な腫瘍や通常より若かったり多発したりするがんを見つけた場合には疑って診断し、検査で確定する、ということになりますね。
遺伝性疾患であり、発がんのリスクも高いこと、そして根本原因の治療はできないことから、遺伝カウンセリングなどが重要になりますね。
このあたりはドラマでも少し触れられていましたが、こういった遺伝性のがんを起こす症候群もあるんだなぁと知ってもらえる機会だったのかなと思いました。
ドラマに出てきた副腎皮質癌と骨肉腫についてはまた別にまとめます。
がんと遺伝子について本格的に勉強してみたいとおもったら、断然お勧めはこの本!
ドラマに出てきた副腎皮質癌と骨肉腫についてはまた別にまとめます。
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